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東京高等裁判所 昭和40年(ネ)2586号 判決

控訴人 居関食品株式会社

右訴訟代理人弁護士 中山吉弘

被控訴人 株式会社東京相互銀行

右訴訟代理人弁護士 林徹

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は、「原判決を取り消す。被控訴人は控訴人に対し、東京都において発行する日本経済新聞、毎日新聞および朝日新聞の各神奈川版並びに神奈川県において発行する神奈川新聞に、縦二段、横五、二五センチ大(通常三枠)の原判決末尾添付第二目録記載の信用回復広告を掲載せよ。被控訴人は控訴人に対し金一二万五〇〇円を支払え。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」旨の判決を求め、被控訴代理人は「控訴棄却」の判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述および証拠の関係は、左記のほかは、原判決の事実摘示記載のとおりであるから、これを引用する。

控訴代理人は次のとおり主張した。

仮りに、他行小切手による当座預金への振込は、その取立完了の時に当座預金への入金があったものと解するにしても、控訴会社主張の金額一万二、七四〇円の小切手は昭和三七年二月一五日午後一時までに被控訴銀行横浜支店に振り込まれたのであるから、被控訴銀行が遅滞なく翌二月一六日の交換に廻しておれば、遅くとも同月一七日の正午までには取立が完了し、控訴会社の当座預金に入金されていた筈である。そうだとすれば、二月一七日現在における控訴会社の当座預金残高は、同日控訴会社が二回に亘って現金で入金した計金一二万五〇〇円を加えて合計金一五万二、四八一円となっていたものであるから、本件手形金の支払資金に欠けるところはなかったのである。右小切手の取立が二月一七日正午までに完了しなかったのは、被控訴銀行が一日おいて二月一七日の交換にかけたことに因るもので、被控訴銀行には右小切手の取立につき、善良な管理者の注意義務を怠った過失があるといわなければならない。

新な証拠として、〈以下省略〉。

理由

控訴会社が昭和三六年四月被控訴銀行横浜支店との間に当座取引契約を締結したこと、控訴会社が訴外多田製粉株式会社に宛て原判決末添付第一目録記載の金額一四万六、五五〇円の本件約束手形一通を振り出していたところ、被控訴銀行横浜支店は昭和三七年二月一七日右訴外会社から取立委任を受けた株式会社埼玉銀行横浜支店より横浜手形交換所を経由して支払呈示あった本件約束手形を、「資金不足につき支払いいたしかねます」との不渡符箋を付して同月一九日右交換所を経由して持出銀行である株式会社埼玉銀行横浜支店に返却したことは当事者間に争がない。しかして、成立に争のない〈証拠省略〉各証言を綜合すれば、横浜手形交換所における手形交換手続については、手形交換は午前一〇時に開き午前一〇時三〇分に結了すべく、交換手形のうち不渡返却すべきものは必ず翌日の正午までになすべきことと定められていたことから、当時、被控訴銀行横浜支店においては、交換呈示のあった当日の正午現在における当座預金残高を基準として、当日交換呈示を受けた手形を支払うべきかどうかを決定処理していたこと、および被控訴会社横浜支店は本件手形の呈示を受けた上記二月一七日正午現在における控訴会社の当座預金残高が本件手形金額に満たないとして、前記のとおり、これを不渡返却したものであることを認め得る。

そこで、本件手形の満期である上記二月一七日における控訴会社の当座預金額が本件手形を支払うに十分であったかどうかについて判断する。

上記二月一七日が土曜日であって、土曜日における被控訴銀行横浜支店の営業時間は正午までであること、同日正午現在における控訴会社の当座預金残高が金四万〇、一六一円であったが、右のうち現金で預入されたものは金一万九、二四一円で、その余の金二万〇、九二〇円は控訴会社主張の(A)、(B)、(C)張三通の他行小切手で振り込まれたものであるところ、右他行小切手三通は同日正午までに取立が完了していなかったこと、および控訴会社が同日午後一時二〇分すぎ頃、現金で金一一万三、〇〇〇円を入金したことは、いずれも当事者間に争がなく、〈証拠省略〉を綜合すれば、控訴会社は同日午後三時三〇分頃被控訴会社横浜支店に現金七、五〇〇円を持参し、当座預金への入金を求めたが、営業時間終了後で、しかも金庫閉鎖後であったため、同支店は同日の入金として取り扱わず、同月一九日の入金として受け入れたこと、および上記他行小切手は二月一七日中には取立が完了していなかったことを認めるに足り、右認定を覆えすに足る証拠はない。

右の認定事実によれば、上記二月一七日における控訴会社の当座預金の残高は、同日正午現在では、計金四万〇、一六一円で、内金一万九、二四一円は現金による入金で、その余は上記(A)、(B)、(C)三通の他行小切手により振り込まれたものであり。同日午後三時三〇分頃現在では、かりに控訴会社主張の金七、五〇〇円を同日の入金として算入するにしても計金一六万〇六六一円で、そのうち金一三万九、七四一円は現金で入金されたものであるが、その余の二万九二〇円は上記三通の他行小切手により振り込まれたものであること、および右他行小切手はいずれも同日中に取立が完了していなかったことが明らかである。したがって、上記二月一七日における控訴会社の当座預金の残高のうち、現金で入金されていた金額だけでは、同日正午現在においてはもちろん、同日正午以後においても、本件手形を決済するには不足の状態にあったものといわなければならない。

控訴会社は、上記他行小切手三通による当座預金への入金は、現金の場合と同様、その振込と同時に当座預金契約が成立するものと解すべきであるから、被控訴銀行が上記他行小切手三通による入金を当座預金とみなさなかったのは過失である旨主張する。しかしながら、他行小切手による当座預金への入金は、当該小切手の取立委任と、その取立完了を停止条件とする当座預金契約であって、受入金融機関は、特段の約定がない限り、他行小切手の取立完了前においては、当該小切手の金額に見合う当座支払の義務を負わないものと解するを相当とするところ、控訴会社と被控訴銀行横浜支店との間の上記当座取引契約の締結に際してはもとより、上記他行小切手三通の入金に当って、被控訴銀行が他行小切手の取立完了以前においても、受入れた他行小切手の金額に見合う当座支払をなすべきことを約定したことを肯認せしめるに足る証拠はなく、却って、成立に争のない乙第一号証、甲第四号証の各記載、原審および当審証人斎藤勝美、当審証人栗田敏二の各証言によれば、上記当座取引契約においては、他行小切手による当座預金への入金は、その取立完了をまって当座預金となす旨の約定がなされていたことを認めるに足り、〈証拠省略〉の各記載は、いずれも右認定の妨げとなすに足らず、他に右認定を動かすに足る証拠はない。しからば、控訴会社主張の他行小切手三通が、上記認定のとおり、二月一七日中に取立が終っていなかった以上、右他行小切手三通による入金は、いまだ控訴会社の当座預金となっていなかったといわなければならないから、被控訴銀行がこれを控訴会社の当座預金額に算入しなかったことをもって被控訴銀行に過失があったものということはできない。控訴会社の右主張は採用できない。

控訴会社は、被控訴銀行において上記他行小切手三通を遅滞なく交換にかけていたら、遅くとも二月一七日の正午までには、いずれもその取立が完了していた筈であるから、上記小切手三通が同日正午までに現金化されなかったのは、被控訴銀行の過失に因るものである旨主張する。原審および当審証人斎藤勝美の証言によれば、当時、被控訴銀行横浜支店においては、横浜手形交換所を経由して取り立てるべき小切手は、それが同支店の営業時間内(平日は午後三時まで)に振り込まれたものは必ず翌日の交換にかけ、翌々日の正午までに取立が完了するよう、営業時間終了後に振り込まれたものは、いわゆる「締後勘定」として翌日の取引として取り扱い、翌々日の交換にかけるよう、各処理し、また、東京手形交換所を経由して取り立てるべき小切手を受け入れた場合は、一たん被控訴銀行本店に持ち出した上、被控訴銀行本店において交換にかけるため(当時、被控訴銀行の横浜支店は独立して東京手形交換所に加盟していなかった)、午後一時までに振り込まれた小切手は翌日の交換にかけるが、午後一時を経過した後に振り込まれた小切手は翌々日の交換にかけるよう処理していたもので、右小切手取立の処理方法は被控訴銀行横浜支店における慣行として確立せられていたことを認めるに足り、右認定を動かすに足る証拠はない。しかして右認定の被控訴銀行横浜支店における小切手取立についての処理慣行は、多数の顧客との取引を業務とする銀行の処理方法としては、必ずしも不相当な処理方法であるとは断定しがたいところであるばかりか、当審証人斎藤勝美の証言によれば、前記のような小切手取立の処理方法については、小切手の受入の都度、被控訴銀行横浜支店の担当係員から控訴会社に対し十分の説明がなされていたし、また控訴会社も右処理方法を十分了承した上、同支店に他行小切手などを入金していたことを認め得るから、被控訴銀行が上記他行小切手三通の取立を前記慣行に則って処理したとすれば、被控訴銀行には遅滞の責はなかったものというべきである。控訴会社は、いわゆる「締後勘定」による取引であっても、できる限り翌日の交換に廻すのが銀行における一般的商慣習である旨主張するけれども、右主張の如き商慣習の存することについては、これを肯認せしめるに足る証拠はない。ところで、上記他行小切手三通のうち、(B)および(C)の小切手二通はいずれも、昭和三七年二月一五日午後三時を経過した後に被控訴銀行横浜支店に振り込まれたことは当事者間に争がなく、〈証拠省略〉を綜合すれば、(A)の小切手は同日午後二時頃に振り込まれたもので、かつ、その支払銀行である訴外株式会社第一銀行川崎支店は東京手形交換所に加盟している関係上、同交換所を経由して取り立てるべきものであったため、被控訴銀行横浜支店は翌二月一六日これを被控訴銀行本店に持ち出し、被控訴銀行本店において翌二月一七日東京手形交換所に交換呈示したこと、(B)、(C)の小切手二通は、前記のとおり二月一五日午後三時をすぎて振り込まれたので、被控訴銀行横浜支店は、いわゆる「締後勘定」とし、翌二月一六日の取引として取り扱い、翌々日である二月一七日横浜手換交換所の交換にかけたことを認めるに足り、右認定を覆えすに足る証拠はない。そうだとすれば、控訴会社主張の(A)、(B)、(C)三通の他行小切手の取立は、いずれも被控訴銀行横浜支店の上記処理慣行に準拠して処理せられたのであることが明らかであるから、右小切手三通の取立処理につき被控訴銀行に過失があったものということはできない。控訴会社の右主張は採用できない。

控訴会社は、「銀行は、その取引先の振り出した手形を支払うに当っては、その者の当座預金の残高が不足していても、もしその者から振り込まれた他行小切手で交換にかけられているものがあれば、右小切手が支払われるものであるかどうかを支払銀行に問い合せ、その支払われることの確実であることが判明すれば、すでに現金化したものとみなし、右小切手の額面金額について当座預金があったものとして、右手形を支払うのが、銀行取引における一般的商慣習であり、かつ銀行業務の公共性にかんがみ当座預金者保護のため採らねばならぬ措置である。上記(A)、(B)、(C)三通の他行小切手はいずれも二月一七日の交換によって支払われているのであるから、もし被控訴銀行において前記の措置を採っていたならば、本件手形の不渡返却は防止し得た筈である。しかるに被控訴銀行がこのような措置を採ることなく、漫然資金不足を理由に不渡返却したのは、過失である。」旨主張する。上記(A)、(B)、(C)三通の他行小切手がいずれも二月一七日交換にかけられたことは、既に認定したところであるが、当審証人栗田敏二の証言によれば、被控訴銀行横浜支店は右小切手の支払銀行に問い合せ、右小切手が間違いなく支払われるものであるかどうかを確認しなかったことを認め得る。しかしながら、銀行業者に控訴会社主張のような措置をとるべきものとする一般的商慣習の存することについては、これを認めるに足る証拠はなく、また銀行業務の公共性を考慮に入れても、信義則上、銀行業者に控訴会社主張のような措置をとらなければならない義務があるものと解することは相当ではない。

したがって、たとえ被控訴銀行が上記他行小切手三通の支払につき、その支払銀行に問い合せれば、その支払の確実なることを知り得た状況にあったとしても、被控訴銀行においてその問い合せをすることなく本件手形を処理したことにつき過失があったものということはできない。控訴会社の右主張は採用できない。

次に控訴会社は、「銀行は取引先の当座預金残高が取引先振出の手形を支払うのに不足する場合でも、取引先が他に普通預金ないし定期預金を有する限り、これら預金を担保として当座貸越をなすのが銀行における一般的商慣習であり、かつ銀行業務の公共性にかんがみ預金者保護のため信義則上要請される措置であるところ、控訴会社は二月一七日正午現在において被控訴銀行横浜支店に対し、借入金五四万円に対する既掛込済額金四七万二、五〇〇円、定期預金六万円、みのり定期積金既積立額金四万二、〇〇〇円、以上合計金五七万四、〇〇〇円を有し、預金額は借入額を金三万四、五〇〇円超過していたのであるから、少なくとも被控訴銀行はこれと同額に至るまでの当座貸越をなす義務があるのに、これを顧慮することなく不渡返却したのは過失である。」旨主張する。しかしながら、控訴会社主張のような場合に、銀行が控訴会社主張の如き当座貸越をなして手形の決済をなすべきものとする一般的商慣習の存することを認めるに足る証拠はなく、銀行業務の公共性を考慮に入れても信義則上、銀行に控訴会社主張のような当座貸越をなすべき義務があるものと認めることは相当でない。そればかりでなく、〈証拠省略〉によれば、控訴会社は二月一七日当日被控訴銀行横浜支店に対し定期預金、定期積金の各預金債権を有していたが、右預金債権はいずれも被控訴銀行の控訴会社に対する貸付金の担保になっていたのみならず、右貸付金の額は控訴会社の右各預金債権の合計額より約二七万円超過しており、右預金債権を担保に更に貸付をなすことはできない状態にあったことを認め得る。したがって控訴会社の右主張も採用できない。

更に控訴会社は、「被控訴銀行は二月一七日の午後に至り、控訴会社に対し資金不足で手形が落ちないから入金せよと連絡しておきながら、控訴会社において同日午後二時までに合計金一二万〇、五〇〇円を入金したに拘わらず、本件手形を不渡返却にしたことは過失である」旨主張する。被控訴銀行横浜支店が二月一七日控訴会社に対し、本件手形決済のための資金が不足であるから入金するよう連絡したことは当事者間に争がなく、控訴会社が同日午後一時二〇分すぎ頃金一一万三、〇〇〇円を現金で入金し、同日午後三時三〇分頃現金七、五〇〇円を持参したことは、既に認定したとおりであるが、控訴会社がそれまでに有していた当座預金の残高は、前記認定のとおり金一万九、二四一円にすぎなかったのであるから、右各金員を合算しても、なおかつ本件手形の金額に達しなかったことが明らかである。それ故、被控訴銀行横浜支店が本件手形を不渡返却したことにつき過失はないといわなければならない。控訴会社の右主張も採用の限りでない。

以上のとおりとすれば、本件手形の不渡返却もしくはその過程において、被控訴銀行には控訴会社主張の如き過失は存しなかったものというほかはないから、被控訴銀行に過失のあることを前提とする控訴会社の本訴請求は、その余の点についての判断をなすまでもなく、すべて理由のないことが明らかであるから、失当として棄却すべきである。

右と同趣旨にでた原判決は相当であって本件控訴は理由がないから、〈以下省略〉。

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